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ジヨバンニはわれを忘れてその星座の圖に見入りました。それはひる學校で見たあの圖よりはずうつと小さかつたのですが、その日の時間に合せて盤をまはすと、そのとき出てゐるそらがそのまま楕圓形のなかにめぐつてあらはれるやうになつて居り、やはりそのまん中には上から下へかけて銀河がぼうとけむつたやうな帶になつて、その下の方ではかすかに爆發して湯氣でもあげてゐるやうに見えるのでした。またそのうしろには三本の脚のついた小さな望遠鏡が黄いろに光つて立つてゐましたし、いちばんうしろの壁には空ぢゆうの星座をふしぎな獸や蛇や魚などの形に書いた大きな圖がかかつてゐました。ほんたうにこんなやうな蝎だの勇士だのそらにぎつしり居るだらうか、ああぼくはその中をどこまでも歩いて見たいと思つたりしてしばらくぼんやり立つて居ました。 それから俄かにお母さんの牛乳のことを思ひだしてジヨバンニはその店をはなれました。 そしてきゆうくつな上着の肩を氣にしながら、それでもわざと胸を張り、大きく手を振つて町を通つて行きました。 空氣は澄みきつて、まるで水のやうに通りや店の中を流れましたし、街燈はみなまつ青なもみや楢の枝で包まれ、電氣會社の前の六本のプラタナスの木などは、中に澤山の豆電燈がついて、ほんたうにそこらは人魚の都のやうに見えるのでした。子どもらは、みんな新らしい折のついた着物を着て、星めぐりの口笛を吹いたり、「ケンタウルス、露をふらせ。」と叫んで走つたり、青いマグネシヤの花火を燃したりして、たのしさうに遊んでゐるのでした。けれどもジヨバンニは、いつかまた深く首を垂れて、そこらのにぎやかさとはまるでちがつたことを考へながら牛乳屋の方へ急ぐのでした。


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宮沢賢治

宮沢賢治

岩手県出身の詩人・童話作家。代表作に「銀河鉄道の夜」「雨ニモマケズ」などがある。自然や宇宙観を織り交ぜた作品で知られる。



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