International

こころ

私(わたくし)はその人を常に先生と呼んでいた。だからここでもただ先生と書くだけで本名は打ち明けない。これは世間を憚(はば)かる遠慮というよりも、その方が私にとって自然だからである。私はその人の記憶を呼び起すごとに、すぐ「先生」といいたくなる。筆を執(と)っても心持は同じ事である。よそよそしい頭文字(かしらもじ)などはとても使う気にならない。。

44 2025-06-30 20:32:48

Music

月に吠える

私は君をよく知つてゐる。さうして室生君を。さうして君達の詩とその詩の生ひたちとをよく知つてゐる。『朱欒』のむかしから親しく君達は私に君達の心を開いて呉れた。いい意味に於て其後もわれわれの心の交流は常住新鮮であつた。恐らく今後に於ても。それは廻り澄む三つの独楽が今や将に相触れむとする刹那の静謐である。そこには限りの知られぬをののきがある。無論三つの生命は確実に三つの据りを保つてゐなければならぬ。然る... 続きを読む about 月に吠える

45 2025-06-30 20:19:57

Sports

ごん狐

これは、わたしが小さいときに、村の茂兵(もへい)というおじいさんからきいたお話です。 むかしは、わたしたちの村のちかくの、中山というところに小さなお城(しろ)があって、中山さまというおとのさまがおられたそうです。 その中山から、すこしはなれた山の中に、「ごんぎつね」というきつねがいました。ごんは、ひとりぼっちの小ぎつねで、しだのいっぱいしげった森の中に穴(あな)をほって住んでいました。そして、夜で... 続きを読む about ごん狐

48 2025-06-30 17:20:30

Music

高野聖

岐阜ぎふではまだ蒼空あおぞらが見えたけれども、後は名にし負う北国空、米原まいばら、長浜ながはまは薄曇うすぐもり、幽かすかに日が射さして、寒さが身に染みると思ったが、柳やなヶ瀬せでは雨、汽車の窓が暗くなるに従うて、白いものがちらちら交まじって来た。 (雪ですよ。) (さようじゃな。)といったばかりで別に気に留めず、仰あおいで空を見ようともしない、この時に限らず、賤しずヶ岳たけが、といって、古戦場を指... 続きを読む about 高野聖

88 2025-05-24 22:46:00

Music

黒蜥蜴

 口々にわめく酔いどれの声々が混乱して、たちまち急霰きゅうさんの拍手が起こった。  自然に開かれた人垣の中を、浮き浮きとステップをふむようにして、室の中央に進みでる一人の婦人。まっ黒なイブニング・ドレスに、まっ黒な帽子、まっ黒な手袋、まっ黒な靴下、まっ黒な靴、黒ずくめの中に、かがやくばかりの美貌が、ドキドキと上気して、赤いばらのように咲きほこっている。 「諸君、御機嫌よう。僕はもう酔っぱらってるん... 続きを読む about 黒蜥蜴

92 2025-05-06 19:51:50

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